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~模写をとおしてみるアンドリュー・ワイエス作品~

20世紀アメリカの画家、その代表格ともいうべきアンドリュー・ワイエス。

人、モノ、自然に対して最大限の敬意をもってその対象を描き続けた作家です。

彼の作品はごく限られた場所のなか、ひたすらにそれぞれの人生を歩む隣人たちを省略せず、ありのままの目線で見つめたものばかりです。

画像は著者による模写作品です

彼の作品の中に「ヘルガシリーズ」と呼ばれる作品群が存在します。

15年にもわたり一人の女性の姿を描いた連作「ヘルガシリーズ」。水彩画、ドライブラシ作品、テンペラ、鉛筆画、素描含めてその数240点!この作品群は終結を迎えるまで親しい人はもちろん家族の誰の目にも触れることなく、ワイエスとヘルガとの間で培われました。発表と同時に非常に多くの関心がこの作品群に集まりました。(中にはかなりスキャンダラスな内容もあったようですが、ナンセンスだと思います。)

今回は今の私に大きな影響を与えた作家のひとりアンドリュー・ワイエス(1917~2009)のシリーズ代表作「恋人たち」を模写してみました。

~実践!ドライブラシ~

ワイエスの作風に代表されるテクニックのひとつ「ドライブラシ」。(ドライブラッシュと表記されます。初めてこの言葉を知ったとき、「どんな絵筆なんだ?」って画材屋さんで探した記憶がありますが。)絵筆から水分をふきとり、紙の凹凸に刷り込むように描く手法です。水彩のみずみずしさと合わせてきめの細かい織物のような雰囲気を出せるのが特徴です。私の作品にもこの技法を使うときがあるのですが、今回はさらにその技法を深めたいと思いこの素晴らしい作品の模写にチャレンジしてみました。

ドライブラシを効果的に表現するには水彩紙は適度な凹凸が必要です。今回はワイエスも作品で常に使用していた「ファブリアーノ紙」を使いました。筆は適度に弾力のある「ヴァンゴッホ」の平筆を中心に使用しました。外の風景とヘルガに特に多く使用されてます。様々な色味が複雑に混ざり合うことで作品が持つ雰囲気を表現できました。

ドライブラシは手間と時間がかかる作業です。ゆえにあまり日本ではポピュラーなテクニックではないようです。詳細に紹介している技法書も見かけません。作品をじっくり観察するとそのリアリティのある作風は作家の「観察眼」とそれを表現する「技術」に裏付けされたものだということを改めて思い知らされます。

~その瞬間を見逃さない~

窓際のこれは最初なんだろうって思っていましたが、これはそよ風が運んできた落ち葉です。このポーズは休憩中のヘルガの様子です。リラックスし、何か考えるような彼女の表情。その時に吹き込んできた一枚の木の葉。ふと顔をあげたヘルガはその葉を空中でつかまえようとしました。ワイエスはそんな瞬間の様子を画面に取り込んでみたいととっさに思ったとコメントしています。その瞬間を記憶しじっくりとこの作品を仕上げました。

何気ない一瞬を見逃さないのがこの人のすごいところだと思います。本当に細かなところまでアンテナを張ってる人なんだなって思いました。

~模写することで見えたもの~

ワイエス作品は本当に有名な作品が数多いですね。ごく近しい人々の生活や人生、自然に素直に向き合いながらその生涯を通して彼が描いてきたのは「リアリズム」なのだと思います。

これは写真のようにリアルにということではなく、作品の題材になったもの全てに普遍的な「芯の強さ」というものを感じ、それを余計なところをできるだけそぎ落としながら表現できるか。そんなふうに自分の作品と向かい合っていたのではないでしょうか。じっくり観察することで見えてくる作家の目線と思惑。毎回筆を入れるたびに新たな発見と新鮮な喜び。自分もその空間にいてワイエスになったように制作している。どこかそんな錯覚を覚えました。それはなんというか作家の内なる部分(秘密)を共有したような感覚でした。

「恋人たち」というタイトルは、ワイエスの妻のベッツィがつけました。

(彼女はワイエスの作品にいつもインスピレーションを与える存在でもあり、彼の全作品を管理するパートナーでもあります。)画面の左側に神秘的な影を見た時に近くにいる見えない者の存在を感じて付けたそうです。

制作を終えて。

本格的なワイエスの模写作品。初めての挑戦でしたが、いつまでも筆を入れていたいという不思議な感覚を味わいました。模写することで本当にたくさんのことを知ることができ、更に深くワイエスの作品を見ながら彼の視線と、その気持ちを追えるようなそんな気持ちにさせてくれました。そしてドライブラッシュ。- この技法は今後の私の作品に大きな効果をもたらしてくれそうです。じっくり、時間や制約にとらわれることなく作品を描きたい。ずっと夢見ていたことです。これが今回の模写をとおして実現できるかも。わくわくしてたまらない気持ちになりました。皆さんにもお気に入りの作家の作品がありましたら、一度は模写をお勧めします。必ずご自身の世界観の広がりを感じると思います。

【模写作品】「恋人たち」(1981年)アンドリュー・ワイエス
紙・ドライブラッシュ・水彩  Private Collection 57,2×72,4㎝

※実際の作品データです。 おことわり:ブログテキストの内容はあくまでも筆者が模写をとおして作家の目線を追おうと模索した中で感じたことをまとめたものです。学術的、史学的な観点を加えるとより深く味わうことが出来ると思いますが、それはまた何かの機会に。

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